Re: 川越鉄道


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Posted by シロ on June 26, 1998 at 04:18:52:

In Reply to: 西武山口線 posted by H.Kuma on June 25, 1998 at 22:44:35:

新作西武山口線の記事読みました。
私も廃止されて数年経った頃に現地にチャリで行った覚えがあるんですが、最近は
もう隣接する道路から見る限りだともう面影もないですね。(^_^;)

川越鉄道の記事も楽しみにしています。(^^)
ちなみに歴史を調べると川越鉄道は結構大変な運命だった鉄道のようで、建設時
には川越の町民や実業家から嫌がらせを受け開業日に旧川越駅が放火に遭うな
ど大変だったようです。 開業後も嫌がらせは続き、川越の実業家は武蔵水電
(大宮−川越)の軌道線を開業させたり、京越鉄道(池袋−川越間の東上線と
ほぼ同じ川越街道に沿ったルート。未実現)を計画したりしたようです。

また、武蔵野鉄道が計画されるのを知ると対抗して入曽−豊岡町(入間市)−
飯能の支線を計画したものの敷設免許は武蔵野鉄道に許可されたようです。
大正3年に東上鉄道が開業、翌年には武蔵野鉄道も開業するなどダブルパンチ
を受け破産寸前までに転落し、再起策として村山線(新宿−村山(東村山))の
建設に踏み切ったようです。村山線の開業後は業績は回復し武蔵野鉄道と
激しい乗客奪いのバトルが繰り広げられました。

資料によれば所沢駅は旧西武が管理していたため東京への切符を買う人に対して
経由地を指定しない場合、行き先が池袋であろうが旧西武線の切符を販売して
いたとかで武蔵野鉄道が激怒し所沢駅を乗っ取るなどの暴動も起きたみたいです。
そのため乗客確保のため武蔵野鉄道は1938年、所沢駅から500m池袋寄りに
「所沢飛行場駅」を開設したところ西武鉄道も所沢駅から800m川越寄りにその名
も紛らわしい「所沢飛行場前駅」を開設したとかでいかにすごいかおわかりになる
かと思います。

また、1927年に武蔵貯水池が誕生し武蔵野鉄道は西所沢から分岐して
「村山公園駅」への支線を1929年5月に開業、また小平村で学園都市を計画して
いた箱根土地(株)は宅地分譲と乗客誘致の一石二鳥を狙って小平学園を通って
貯水池に至る多摩湖鉄道を建設、1930年1月に国分寺−「村山貯水池」間が
開業、そして同じく1930年4月には旧西武鉄道も東村山駅から分岐して、
「村山貯水池前」に至る支線が開業するなど村山貯水池周辺にはあまりにも
紛らわしい駅前が3つも誕生することになってしまったようです。

このように混沌としていた西東京の地域を現在の西武鉄道にまとまったのは
結構すごいことですよね。ちなみに武蔵野鉄道と旧西武鉄道の合併には事も
あろうが東武鉄道の初代社長の根津氏が両社の大株主だったこともあって
大きく関わっていたそうです。



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