●ネットと共に
20周年の際にサイト立ち上げからの経緯は記事にしていますので、ここではネット環境(主に人的な意味で)の情勢変化について、自身の履歴も絡めて思うところを少し書いてみたいと思います。
- インターネット前夜
- インターネット黎明期
- Web全盛の時代
- ブログ、CMS(Contents Management System)
- SNSの興隆
- 我らの時代
私がスタンドアロンの環境からネットの大海へ漕ぎ出した最初はパソコン通信です。当時から色々なサービスがありましたが、中でも一大勢力だったのが Nifty-Serve。ご存じの通り、富士通が運営していたBBSですね。そこでは色々な趣味グループに分かれた会議室が開かれており、それぞれにシスオペさんという管理者がいて皆の発言をコントロールしておりました。そこには一定のルールがあり、それに従わないメンバーには指導が入る事も。もっとも各参加者はハンドルと本名併記が基本とされていたので、ある程度社会的モラルを持って書き込みが行なわれていたと思います。オンライン、オフライン(実際に顔を合わせる)共に活動は活発で、もちろん意見がぶつかる事もありましたが、この時代の会議室はとても統制の取れた規律ある平和な社会でした。
当初は大学や研究機関などの間を結び、学術研究の情報交換を行なう為に開発されたインターネット、その後商用に展開され世の中に普及して来ると、WWW(World Wide Web)の時代が始まります。それに先行して Gopherやら NewsGroupなどの仕組みもありましたが、テキストだけでなく画像も一緒に扱える事で、ユーザー層がかなり拡大されたと思います。私も途中からパソコン通信と併用で使いだしましたが、当初は企業ページがぼちぼち立ち上がりつつあるタイミングで、個人ページはあまり多くありませんでした。
WWWを普及させるツールとして Webブラウザが重要ですが、その始祖となったのが NCSA Mosaic。次いで、より表示スピードの速い Netscape Navigator(現在の Firefoxのルーツ)が開発され、Webは世の中に一気に広まりました。これで Webを見る方は快適になりましたが、ただ問題は Web上の記事を書こうとすると HTMLを覚えなければならないという障壁がありました。パソコン自体もまだ OSを動かす為にはそれなりの知識が必要であった時代、どちらかというとハードに詳しくソフトウェアにも秀でた人達が中心で回っていた世界なのです。
それを徐々に変えていったのは、各Webサイト内にオーナーが開設した掲示板システムです。私は当初 MattWright氏が作成したツリー式の WWWBoardという CGIを自分で日本語対応に改造して設置していましたが、後に、とほほのWWW入門 や KENT-Web などで同様の仕組みが公開されています。私も後に Kent-Webの WebForumに切り替えて今に至りますが、いずれにしろこれらを自サイトに設置するにはそれなりの知識が必要となります。それに対し、サイト訪問者は設置された掲示板にブラウザ上から容易に文字入力や画像アップが出来るので、CGI等のスキルがなくとも自由に投稿を書き込む事が可能となりました。こうして、ITスキルを持った一部の人達に限られていた情報発信が、ある意味、それ以外の人々にも開放されたと言えると思います。
さらに、当初各オーナーの趣味サイト内の 1ページとして開設されていた掲示板に対し、それらを集合させたような大規模掲示板(2chなど)が出現して来ます。そこはかつての BBSのようなジャンル別に区分けされた大衆向けの開かれた掲示板。ここには玉石混交、色々な人々が集まり、昼夜を問わず様々なレベルの書き込みが行なわれるようになったわけです。
一方で Webサイト(俗に言う「ホームページ」)自体の方も、HTMLを直接打ち込む事なく作成出来るようなツール(Webオーサリングツール)が出始めます。有名どころでは、IBMが開発した「ホームページ・ビルダー」などがありますが、これらによりページ制作のハードルが下がり、HTMLコーディングの出来ない人でも自作の Webサイトから情報発信が出来るようになりました。さらに、Webサービスとしてある程度定形化されたページをオンライン側で提供し、それをカスタマイズして自分のページを作るといったサービス(ジオシティーズのテンプレート機能の様な)も広く行われるようになりました。
そして世の中はブログの時代へと移行します。当初 WebLogと呼ばれていた日記や覚え書き等を記録して公開するサイト用のツールが徐々に普及し、多くの人がブログを書くようになりました。ツールとしては現在も私が CMSとして使用している Movable Typeや、世界的に普及している WordPress等が良く知られています。こちらも自サイトに組み込んで運用するスタイルからスタートしていますが、後にオンラインのサービスとしても提供されるようになりました。主な物として Seesaa, ココログ, アメーバ, FC2, Blogger等のブログがありますが、既にブームのピークは過ぎ、gooブログ, Yahooブログなど終了したサービスも多くなっています。最近流行りの noteなどは、ブログサービスの発展形に近い様な気もします。
そして現在はと言うと、勿論SNS全盛期という事になるかと思います。その発端は世界的に見るとTwitter(現 X)でしょうかね、それ以前に国内では Mixiなどもありましたが。現在では Facebook, LINE, YouTube, Instagram, Tiktokなど、それぞれに特化したプラットホームも世の中に広く浸透しています。
ここまで流れを見て来ると、情報発信とそれに対するレスポンスをいかに万人が簡単に行なえるか、という事に注力してこの世界は発展して来たのかと思います。当初はコンピュータをいじれる人、コーディングが出来る人に限定して与えられていた情報発信の特権が、時代を経て老若男女だれでも行えるようになったのです。少し偏見的な言い方かも知れませんが、理系でインテリジェンスを持った研究者クラスの人々から始まり、段々と裾野が広がってゆき、現在はネットに繋がれる人なら誰でもこの特権を甘受出来るのです。
そこにはより広範で高度な知識の蓄積が期待出来る一方で、一部の人達による Spamやフェイク、罵詈雑言や誹謗中傷がまかり通る残念な世界の側面も無視出来なくなっていると言えるでしょう。これは商業主義に浸されまくった結果ですね。ネットで個人が稼げる仕組みを作ってしまったのが諸悪の根源かと。最近では AIの急激な技術革新により、従来は証拠物件とも成り得た動画ですら、本物偽物の区別がつかなくなっています。
若い方は信じられないかも知れませんが、ネット初期の頃、我々は実名を出して活動していました。善意と互助の精神にあふれた、それだけピュアで安全な世界だったのです。その後色々な人が入って来る時代となり私もさすがにハンドル表示に変えましたが、当初からお付き合いのある開設者の方のリンクページには、未だに私の本名が残っている所もあったりします。そんなこんなで、当時は楽しくてしょうがなかった(敢えて古臭い言葉を使いますが)ネットサーフィンが、昨今は少し身構えて臨まないといけない世の中になってしまったのは、とても残念に思います。
Profileページにも記載していますが私は 1957年生まれ、40歳目前に始めたこのサイト管理者は、来年には70歳の大台に上がる年齢となってしまいました。この界隈に生きて来た同年代の方はたぶん誰しも感じておられるかと思いますが、我々は民生用コンピューターの劇的な進歩と時を同じくして成長して来た世代であると認識しています。趣味のソフトを動かす為に一生懸命16進ダンプで入力していた 8080や Z80のワンボードマイコン、やがて PC8001以降パーソナルコンピュータという呼称が生まれ、DOSから Windowsの時代となり、画面も VGA(640×480 16色)の頃からどんどん高解像度に進化して行った過程を実務レベルで触っている人たちです。
つまりコンピュータやソフトウエアの中がブラックボックスでなく、ちゃんとその裏側を理解して見えているのですね。一番根底にはビットの 0/1があって、それらが群を成して動作しているという事が頭の中にあるわけです。ハードの上に OSがあり、OSの上にソフトがある。これら全体を階層的に理解している人々は(私含め)既に第一線を退く時期となり、その後はごく一部の人間が自分の専門領域のみを分かっているだけの世界になりそうな気がします。それは必ずしも悪い事では無いのかも知れませんが、この先この世界がどうなって行くのか、もう少しの間見守っていきたいと思う今日この頃なのです。