ドア窓が細い 3122 は、急行の日暮里行き。当時、京成上野駅が全面改装工事中で、日暮里~上野間が運休していたため、上野行きは全て日暮里止まりとなっていた。 |
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京成初の方向幕付き新車として登場した 3300形。これは四次車の最終ナンバー 3356 で、胴回りのファイアーオレンジが微妙にピンクっぽかった印象がある。 |
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珍しい京成のアルミ車は、シルバーの車体にブルーの帯が入っていた。車番は 1602... そう、これは特急用ロマンスカー開運号として名を馳せた 1600形の成れの果てなのです。下回りを利用して、ボディだけアルミで新製したというワケです。この 1602、末期には行商電車として運用された。 |
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ピカピカの新車が回送されて来た。初の通勤冷房車、3500形だ。この頃は赤電一色の中にあって、ステンレスの車体が目立ってたなぁ。 |
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おっとどっこい、青電もまだ健在だった。独特の唸りを残して、千葉行が出て行く。あぁ、あの響きが... 今でも耳の奥に残っている。 右手にチラリと見えているのは津田沼第1工場の車庫だが、これも廃止されて久しい。 |
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快速千葉行は一つ目ライトの 3000形。都営地下鉄乗り入れ車として新造されたが、登場時は青電色だった。この形式も、既に全車廃車されてしまった。 ちなみに千葉線の津田沼~幕張間においては、並走する国電がある場合は必ず追い抜くようにとの指令が京成運転士には出ていた... という噂もある。(^^;) |
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おでこライトの 3200形は、京成の代表的なスタイルと言っていいと思う。阪神赤胴車にも似てるけど(模型のキットではボディが共用されたりしてる)、張上げ屋根のカーブが微妙に違うんだよなぁ。ところで、大和田行って今もあるんだろうか。 |
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夕陽を浴びて津田沼駅を出発する急行西馬込行。この頃は、まだ 6連が最高で、それ以外は 4連が中心の時代だった。 津田沼駅前も、この頃はまだビルが少なかったですね。でもここの開かずの踏切は、現在も基本的に変わってないみたい。 |