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Message for you

Message for you

- 作 Pinky -

 もしもう二度と会えない人にもう一度だけ会えたとしたら、あなたはその人にどんな言葉を贈りますか?

 この間、不思議なことがあった。
 あれは日曜日のこと。友達と車でお買い物に行った時、国道16号線を走ったのだけれど、そこで彼が調子に乗って運転するものだから、タイヤをパンクさせてしまった。タイヤ交換のために車を止めた空き地の横に使われていない線路があったのを見つけ、面白そうだからその線路をたどって歩いて行ったら森の中に入って行った。その森で僕は女の人を見かけたのだが、友達は何も見ていないと言う。
 それだけでも不思議な話なのに、さらに不思議なのは翌日の講義の時、その森で見かけた女の人にそっくりな人が僕の隣に座ってきたのである。もちろん授業どころの話しではなかった。話しかけてみようと思ったけれども、そんな勇気は残念ながら無かった。それにしたって全くもって不思議な話だ。
 どうしてもそのことが気になって仕方がないし、頭から離れてくれない。それで事の真相を確かめるべく、一人でもう一度あの森へ行ってみることにした。あの森へは西武新宿線の本川越駅の一つ手前にある南大塚という駅が近くて、あの森へ通じる謎の線路もその南大塚駅が起点ということがその後の調べで分かった。
 時は過ぎ、また日曜日になった。この日が来るのをどれだけ待ちわびただろうか。お昼ごはんを済ませた後、早速南大塚へと向かった。普段は所沢と南大塚の間なんてあっという間だったのに、今日に限ってはずいぶん遠く感じた。
 15分ほどで南大塚駅へ着き、改札口へ向かって歩いていると、下り線の反対側にある線路に、一両の茶色い旧型電車が止まっているのを発見した。西武線には黄色か銀色の電車しか走っていないはずなのに、どうしてこの電車だけこんな色なのだろう。しかもこの電車はただ置いてあるだけではなくドアを開けていて、あたかも乗ってくださいと言っているようだった。もしかしたら謎を解くきっかけがあるかも知れない。そんな思いから、この電車に乗ってみることにした。
 電車には誰も乗っていなかった。どうやら乗客は僕だけのようである。一人だけの車内で発車の時を待った。そうしている間に、一体何本の本川越行きの電車を見送り、一体何本の西武新宿行きの電車を見送っただろうか。ただ時間だけが過ぎていっている気がしたが、なぜか僕は発車の時間を待ち続けていた。
 南大塚駅にたどり着いてからおよそ30分後、数え始めてから5本目の西武新宿行きの電車がこの駅から去って行ってからしばらくして、この電車にようやくもう一人、乗客が乗ってきた。その乗客は僕の顔を見るなり、
「あ、やっぱりいた」
 と言った。その声の主の方を見ると、先週あの森の中で見かけ、その翌日の講義の時に僕の隣に座ってきた女性がいた。こんなことになるのではないかと予想はしていたけれども、今起きたできごとが予想した結果にぴったり当てはまったのに驚いた。
「僕もあなたがここに来ると予想していました」
 僕がそう言うと、その女性は何も言わず僕の隣に座った。そしてしばらく黙っていたが、やがて、
「私の名前はルナ。ルナ・ハイライトよ。よろしくね」
 と言った。何となくルナという妖精っぽい名前が彼女によく似合っていた。
「僕はかぐら神楽新之助です」
「そう。いいお名前ね」
 ルナさんは微笑んで言った。
「あの、一つ訊いていいですか・・・?」
 僕は意を決して、気になってどうしようもないことを訊くことにした。さっきから訊こうかどうしようか迷っていた。
「ん?何?」
「どうして僕なんかの所に現れたんですか?」
 僕がそう言うと、ルナさんはさっきまでとは一転して真剣な表情になって僕の目を見つめ、ゆっくりと言った。
「あなたは、大切な人に大切なことを言い忘れている」
 ルナさんがそう言ったと同時に、どこからともなく発車の時を告げるベルが鳴る音が聞こえ、電車のドアが閉まった。そして電車は重々しいモーター音をたて、ゆっくりと動き出した。
「大切な人に、大切なことを、ですか。その大切な人って誰ですか?」
「それは私の口からは言えない。あなたをその人の所へ連れて行くことだけが私に与えられた使命だから」
 それを言ったきり、ルナさんは何も話さなくなってしまった。
 僕達を乗せた電車は、閑静な住宅街を通って国道16号線と思わしき大きな道路を渡ると、さっきまでは家とかがたくさんあって賑やかな所を走っていたのに、それとは一転して寂れた所へと入っていったが、その寂れた感じの景色も、先へ進んで行くにつれていつの間にか今度はのどかな感じの景色へと変わっていった。
 ルナさんは黙って外の景色を眺めている。その横で僕も黙って景色を眺めていた。すると、先週タイヤ交換をした空き地を発見した。そう、あの時はここから歩いてあの森まで行ったのである。
 さてその大切な人とは一体誰だろう。そう考えている間に電車はさらに進んで行き、僕が始めてここを訪れた時に危ないと思って迂回した鉄橋もいとも簡単に渡ってしまい、先週来た時には埋められていたはずの踏み切りも渡って、あっという間に初めてルナさんと思わしき女性を見かけた森の中に入って行った。すると、電車は急に止まってしまった。こんなに古い電車だから、故障してしまったのだろうか?そう思った矢先に、ガラガラと音を立ててドアが開いた。
「さあ、着いたわ。ここから少し歩くわよ」
 ドアの先には、今にも朽ち果てそうなプラットホームがあった。確か先週はこんな物なかったはずである。しかし、プラットホームに降り立ち辺りを見回すと、ここは確かに先週の森だった。
「先週ここにいたのは、ルナさんで間違いないですね。その次の日に現れたのも」
「そうよ」
 これで僕が抱いていた疑問は大方解けた。あと他に残っている疑問といえば、僕が誰に何を言い忘れているかということだけだった。気になって仕方がないけれど、ルナさんはかたくなに口を閉ざし、それを話してくれない。
 お互いに黙ったまま森を歩いて行くと、やがて森の出口にたどり着いた。しかし、森の出口の先では線路は少し大きな道路と交差していたはずなのに、線路はここで途切れていて道路もなく、その代わりにだだっ広い草原があった。
「この草原を行けば、あなたの大切な人に会えるはず。私の役目はここまでよ。さあ、お行きなさい」
「・・・分かりました・・・」
 僕は大きくうなずいた。
「じゃあ」
 ルナさんはそう言うと、きびすを返して元来た道を歩き始めた。
 その後姿がほぼ見えなくなった頃、僕は言われるがままに草原を歩き始めた。延々と続くこの草原に、一体誰がいるというのだろうか。歩けども歩けども人の姿なんて少しも見えてこない。もしかしたら騙されたのだろうか?そんなことを思いながら30分は歩いただろうか。目の前に川が見えて、その川のほとりに一人の少年が立っているのが見えた。
 僕はその少年の顔を見て、驚きのあまり腰を抜かしそうになった。何と、そこにいたのは3年前に交通事故により若くしてこの世を去った高校時代の後輩の中山君だった。驚きのあまり言葉を失ってしまったが、とりあえず何か言った方がいいかと思い、しどろもどろになって、
「・・・や、やあ、中山君・・・」
 と彼に声をかけた。しかし、彼は何も答えなかった。彼も何か言いたそうな顔をしていたので、無視されたわけではないようだ。きっと彼も突然の再会に驚いて何と言っていいのか分からないのだろう。それが彼らしくて何だか懐かしい気分になった。彼ともっと話がしたい。でも何と言っていいのか分からなかった。
「元気にしてた?」
 やっぱり彼は何も言ってくれなかった。というより、何を言っていいのか分からなくて何も言ってくれないという感じがした。僕も何と言ったらいいのか分からなくて、あれこれ言葉を捜しては見るものの、なかなか見つからず、
「あ・・・、あの・・・、何も先輩らしいことをしてやれなくてごめんな・・・」
 と、ようやく言葉を見つけて言うと、中山君は何も言わず振り返り、ゆっくりした足取りで草原の遥か彼方の方へ歩き始めた。振り返りざまに見えた彼の顔は、微笑んでいるように見えた。
「あっ、待ってくれ!」
 僕は彼を追いかけようとした。しかし───

「神楽君、起きなさい」
「う・・・、あれ・・・?」
 寝ぼけ眼で周りを見回すと、そこはあのだだっ広い草原の中にある川原ではなくて、書類を整理する箱などが雑然と並んでいる部屋だった。ああ、そうか。ここはバイトで来ている税務署だ。あまりにも仕事内容が単調に輪をかけて単調だったものだから、眠くなってきてしまい、ついつい居眠りしてしまった。つまりこの一週間のできごとは、全て夢だったのである。ずいぶん壮大な夢だった。
「じゃあ、お昼だから一旦仕事を中断して。午後は寝ちゃだめだよ」
 僕の部署の責任者さんにそう言われて時計を見てみると、居眠りをしている間にいつの間にか時間は経っていて、お昼休みの時間となっていた。いつもお昼はバイト仲間と近くの牛丼屋さんかラーメン屋さんにご飯を食べに行くが、今日はちょっとした用があって大学へ行かなければならないから一緒にご飯を食べに行くことはできない。僕は税務署を後にし、大学へ向かった。
 税務署から大学は目と鼻の先。税務署から見える所にある。税務署の脇にある踏切を渡って千川通りを渡ると、そこはもう僕の通っている大学だ。今日はお昼に教授と会って今後の進路や卒業論文についての相談にのってもらう約束をしている。
 20分ぐらいで話が終わった後、教授が、
「しばらく会っていなかったけど、どうしてた?」
 と訊いてきたので、
「今日、バイト中に居眠りしちゃって、その時にすごく不思議な夢を見ました」
 と言っておいた。
 話は尽きなかったが、そろそろ仕事が始まる時間なので、教授にお礼を言って研究室を後にし、再び税務署へと向かった。
 桜の花が咲き誇る道を歩いていると、春のにおいを含んだ暖かく心地よいそよ風が吹いていった。すると、桜の花びらが太陽の光を浴びてきらきらと光りながら地面に舞い降りていった。ああ、なんて綺麗なのだろう。忘れていた。桜の花がこんなに綺麗だったなんて。
 僕はその場で立ち止まり、誰にも聞こえないぐらいに小さい声で言った。
「綺麗だな・・・。なあ、中山君」
 僕はもう間もなくで午後の業務が開始されるのも忘れて、しばらく美しい桜吹雪に見入っていた。
 そうか、分かったぞ。僕が大切な人に言い忘れていたこと。それは───
「ありがとう、中山君」
 僕はその言葉を何度も中山君に言おうと思ったが、いつもつい言いそびれていた。ルナさんの言うとおり、僕は大切な人に大切なことを言い忘れていた。きっとこのことに気づかなかったら、一生後悔していたに違いない。そのことに気づいたのは、桜吹雪の美しい暖かな春の日のことだった。

- 終 -

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