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第2章  寝台特急「彗星」大分〜延岡

 大分では、後部3両、7〜9号車が切り離される。停車の間、ぼんやりと外を眺めていると、「台風は長崎付近に上陸した模様です」と車内放送が流れた。そう、今九州を台風が直撃しているのだ。
 実は当初、大分まではフェリーで行くつもりでいた。しかし、台風のど真ん中へ船で乗り込む度胸はないし、欠航になるかも知れないから、出発当日の朝、会社の最寄駅の「みどりの窓口」で「彗星」の下段を申し込んだ。窓口氏は、「もうあと1枚しか残ってません。上段ですけど」といって、マルスから、我が「5号車5番上段」をはじき出したのだった。夕方、天王寺の日本旅行でフェリークーポンをキャンセルしたが、出発当日だったのでキャンセル料を3割もとられたのは非常に痛かった。

 大分を発車。寝台は昇降式ではなく、寝台の片付けにもこないので、ゆかたのまま、上段でごろごろして過ごす。雨はあがっており、同じ九州に台風が来ているとは思えないが、やがて列車に遅れが出はじめた。

  0748:臼 杵(9分延)
  0804:津久見(11分延)

 遅れは次第に増幅していく。台風の影響なのか、単線の日豊本線のせいなのか。恐らくその両方だろう。線形が悪く、60kmくらいしか出していない。灰色の瓦をした民家、港のクレーン、そういった風景の間をゆらりゆらりと縫いながら、6両編成になった「彗星」は、ゆっくりと南下して行く。風はまだ強く、雲が垂れこめている。これほどうら淋しい風景も記憶に無い。

  0824:佐 伯(12分延)。下段のオッサンが、「ここに座るとええ」といって降りた。
 下段に陣取ってから、車販のお姉さんに弁当を頼むが、「予約のお客さんだけなんです」とのこと。そういうシステムになっているとは思わなかった、参ったな、延岡のホームで何か仕入れようか、と思案していると、さっきのお姉さんが「ひとつ余りましたのでいかがですか?」と声をかけてくれた。寝台券といい、弁当といい、「残り福」に縁のある旅ではある。胃が痛むくらいの空腹であったから生き返る。

 同じボックスの向かい側、6番の下段には、背広姿の優しそうなおとうさんが座っている。上着こそ来ていないものの、下車に備えてすでに身仕度も整えている。弁当を食べながら、お互いに問わず語りの身の上話が始まる。
 「東京へ出張だったんですが、この台風でしょう。帰りの飛行機が飛ばないっていうので、列車にしたんです」という。
 ベッドの傍らに置かれたカラフルな包装紙の中身は、どうやらおもちゃのようだ。
 「出張から戻ったら、またすぐに、子供を大分へ遊びに連れていってやらんといけません」そういいながら、延岡に着くのが待ち切れない様子で笑みを浮かべている。
 「仕事であちこち行きますけど、やっぱり故郷はいいです。東京には、とても住めませんなあ」窓から見える山並みに視線をやりながら、そうつぶやいた言葉の裏から、つつましい家庭の幸せが垣間見えたように思った。

 0904:宗太郎通過。隣駅の重岡と並べると人名になる、というのでマニアには有名なのだが、実態は電車2両分ほどのくずれかかったホームがあるだけで、対向列車交換のための信号場と大差がない。
 黄色くなりかけた稲穂が、河原沿いのの田んぼでまだ強い風になびいている。その真っ只中に丸太で組んだ囲いがあって、中には真っ黒な牛が2頭。囲いの隙間から首をのぞかせて、走る列車を見ている。そして電線には、これまた真っ黒なカラスが1羽。久々に接する、ローカル線の原風景だ。もっともここは日豊「本線」だけれど。

延岡ホーム 
 

 0930、延岡で下車する。遅れはさらに拡大して18分延になっていた。長崎に上陸後さらに北上しようとする台風とは進行方向が逆なので、天候は徐々に回復し、雲はかなり高く、空も明るくなってきた。

 自分が乗って来た夜行列車を見送るのはいいものだが、そこにはいつも寂しさがつきまとう。そこで過ごした何時間かの出来事は過去の思い出となって、朝のまぶしさの中に淡く溶けて行く。
 ついさっきまでそこに乗っていた自分のぬくもりや霊魂までもが、まだあの車両、あの席にとどまったままのように思われるけれど、そんなことにはお構いなしに、列車はするすると逃げるようにホームを離れていく。どうです、もうあなたの手は届きませんよ、と言わんばかりである。
 はるばる大阪から私を連れてきてくれた「彗星」も、「あなたはそうやって感傷にふけっているけれど、私にとってはここはただの停車駅のひとつに過ぎません、まだ先がありますのでお先に失礼」、そう言い残して淡々と走り去った。

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