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復活の日

待望の日曜の朝、私は気分良く早起きをして、いそいそと快速電車に乗って出掛けました。久し振りに降りるその駅はいつもと変わらぬ佇まい。けど、海岸通りに出て段々と軌道の方へ向かうと、何となく嬉しそうに、そしてそわそわした人達が線路の周辺に集まり、談笑をしています。誰かが配っているのか、手に手に小旗を持ち、はしゃぎながら走り回っている子供達。通りには開通祝いのノボリまで掲げられ、海の方からの風を受けてはためいていました。

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時々上空で破裂する打ち上げ花火の合間を縫って、遠くから途切れ途切れにマイクの声が聞こえて来ます。どうも工場裏手の広場の方で式典が始まっているようですね。私もそちらへ行ってみましたが、あまりにも多い人出に閉口して、おとなしく踏切の場所で電車を待つ事にしました。やがて式典の挨拶の声が止むと、しばらくして人々の拍手が周囲の建物にこだまして、発車合図をする電車の電子ホーンらしき音。と同時に空では再び花火が炸裂し、踏切の警報機が鳴り始めます。

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「やぁ、やっぱり来てたね」 急に肩をポンとたたかれ、驚いて振り返ると人込みの中に懐かしい顔が。「社長さん!」思わず声が裏返ってしまった私ですが、彼は意に介さぬという風で、周囲の人々と同様に電車のやって来るべき方向に視線を投げています。その服装はさすがに見慣れた作業着姿でなく、この日のために一張羅のスーツで精一杯正装しているようでした。「良かったですね、また走り出して」と言葉をつなぐと、社長はただ頷いてニッコリとしています。

さて、さっきから警報機は鳴り続けているのですが、電車の方は一向にやって来ません。幸い今日は海岸通りのこの区間、特別に歩行者天国とされており車の渋滞は発生しませんが、さすがに人々も心配になってざわめき出してます。私も不安になり、「おかしいですね」と社長の方に向き直りましたが彼はもうそこにおらず、人垣の向こうの方で地元のテレビ局らしきクルーにマイクを向けられています。おそらく地域の有力者として、コメントでも求められているのでしょう。


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しばらくして、みんなが身を乗り出して見つめるカーブの奥から、ブーンという軽いモーターの唸りと共に、ガラス窓に包まれた小さな白い電車がその姿を現しました。さすがに新車だけあって綺麗な車体で、磨き上げられたその大きな曲面ガラスには、青い空と周囲の人々の姿が湾曲して映り込んでいます。カメラを持った人たちは、皆一様にその可愛い姿を写真に収めるのに夢中です。私も負けじと胸ポケットのデジタルカメラを取り出そうとしたその瞬間、「ガガガー」と急に大きな音がして電車は踏切の真ん前で急停止。

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「いや参ったな、慣れないもんだから...」 地面と殆ど高さの変わらない扉を開けて出て来た年配の運転士。彼は車体の下を一通り点検してまわった後で再び運転席に座り、何度か始動を試みているようでしたが、電車の方は一向に言うことを聞かず、走り出す気配がありません。運転士は慌てていますが、周囲の観衆は何だかお祭り気分のようで、ちゃっかり電車をバックに携帯で記念写真を撮っている人までいます。

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車内には来賓と地元の人達が乗っているのが見えますが、みんなヤレヤレと言う顔をしているものの、何故か口元は笑顔です。元々大した速度で走っていなかった為、停止による衝撃も少なく、視線が地面に近い事も相まってあまり不安感は無いのでしょう。ひょっとしたら、このささやかな事件を楽しんでいるのかも知れません。運転士のほうはその間、無線でどこかと連絡をとっているようでしたが、不意にニッコリと相槌を打ち、続けて車内マイクに持ち替えると何やらアナウンスをしています。完全空調で締め切った窓なのであまり良く聞き取れませんでしたが、「救援車が」どうのこうの...と。

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警報機はカンカンと鳴り続けているけれども、誰も何を急かすわけでもなく、何となく気の抜けた雰囲気ではあるものの、至って和やかな空気が流れています。いったいこの穏やかさは何なのでしょう。私がこの地域に溶け込んでいないだけなのかな?そんな疑問が頭をもたげ始めた頃、遠くからゴロゴロという聞き覚えのある響きと共に、レールの上を何かがやって来る気配が...。



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