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千葉県営鉄道時代(図右)
国土地理院発行1/5万地形図
「成田」大正10年


成田鉄道時代(図下)
国土地理院発行1/5万地形図
「成田」昭和9年
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 ■三里塚〜飯笹 

ピカピカの、しかし人の全くいない芝山千代田駅前(写真1.)にて輪行袋をご開帳。客待ちのタクシーすら一台もなくて、今日は組み立てを好奇の目で見物される恐れは全く無い(ひょっとして物陰から警官に監視されてるのかも知れないが)。水汲むような場所も見当たらないので給水は諦め、ボトルは空のままでとりあえず漕ぎ出してしまう事にした。しばらく空港に沿った道路を南下すると、若干ゲート状に領地が凹んだ場所があり、線路跡の敷地はそのあたりから飛び出して来ているようだ。

空港に背を向け、T字に分岐する道路へとハンドルを向ける。すぐにY字の二又となり(写真2.)、右手へ若干下り気味の道は、おぉ!間違いなく廃線跡の雰囲気。道幅といい左右の法面の状態といい、まさに鉄道の雰囲気そのままだ(写真3.)。しかしさすがに両側を森に囲まれていると、この時期寒さが少々身に凍みる。しばらくギア比を軽くして、ペダルをクルクルと早回しで体を温める。

ようやく陽だまりに出るとそこはフライフィッシングセンターの上で、池へと降りて行く道から見上げる線路跡はまさしく築堤そのもの(写真4.)。多くの釣り人たちが竿を振るその頭上を、成田鉄道の機関車が音をたてて驀進して行く... 目の端を通過して行く大型トラックにそんな姿を重ね合わせながらしばらく釣り人達を見ていたが、誰も魚を hitする気配はなかった。

その先は概ね築堤上の道となり、風は冷たいが日当たりが良いので気分がだんだんと明るくなる。途中の橋梁部分は下にまわって構造物を覗いて見たりしたが、橋自体はコンクリートの物に架け替えられている(写真5.)。翼壁の所や橋台の一部などは結構古そうな感じだったが、ひょっとして鉄道時代からの物だろうか。黄金色の田んぼが気持ち良さそうだったので、少しそちらにまわって遠くから築堤を展望し、当時の風景を想像してみた(写真6.)

※以下、特記以外の沿線写真は全て、進行方向(成田から八日市場方面)に向かって写した物です。
※チェックボックスをクリックすると大きめの写真が出ます。(再度クリックで閉じる)

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1.芝山千代田駅
一面一線の小さな高架駅だが、駅前は広く真新しい。黒い(怪しい)輪行袋の中身は私の自転車。
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2.千代田駅付近
道の隣に道がある、廃線跡の典型的パターン。右に並走する細道が成田鉄道跡だ。
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3.切り通し状の線路跡
ゆるいカーブを描いて切り通しを抜けて行く線路跡。上を跨ぐ道路も当時からの物のようだ。(※画面奥が成田駅方面)
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4.FISHING CLUB横を通過
今度は築堤となって、フィッシングクラブ横を通過。ここはフライ&ルアー専門の釣り場となっている。(※画面奥が成田駅方面)
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5.住母家の陸橋
住母家付近で築堤は下の道路とクロスする。現在は陸橋となっているが、翼壁の古さは鉄道時代からの物を思わせる。(※画面右奥が成田駅方面)
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6.住母家の築堤
住母家付近はちょうど山と山を繋ぐ形で、高い築堤となっている。遠くから見るとなかなか立派だ。ちなみに住母家は「すもげ」と読む。(※画面左が成田駅方面)

線路跡に戻って先へと進む。このあたりの地形は断面をとるとパルス波のような凸凹(でこぼこ)型をしており、勾配を避けて作られた路盤は勢い、切り通しと築堤の繰り返しとなる(写真7.)。道が再び切り通しに突入すると、やがて前方上空をよぎる道路の高架橋が見えて来るが、その下で左手へと分岐して登って行く細道がある。これが旧線当時の線路跡で、ここから染井までの間、大きく北をまわる県営鉄道時代の大迂回ルートに入る。一方の右手へと下って行く道路が後にショートカットして作られた新線、1067mmに改軌されてからの線路跡だ。その新線の方を少し進んで偵察して見たが、五辻の駅跡付近も特に目ぼしいものは見られなかったので(写真8.)、この分岐に引き返して旧線の登りにかかる。

ところが左手のその道を息を切らして一気に登りきると、坂の上で大きく左カーブして上空の道路と合流してしまう。地図で再確認するが、線路跡はこの道ではなく、一本東側に分岐している筈だ。その分岐点は高架橋の真下あたりなのだが、そこにはガードレールが立ち塞がっており、その先は草薮が深いので、どうも殆ど廃道になってしまったらしい(写真9.)

仕方なくそこは諦めて上の道をしばらく行き、途中でトラバースして逆サイドから廃線跡へとアプローチ。あったあった、これは真に線路の跡だ。程よく草薮で覆い隠されてるのが、又良い風情を醸し出している(写真10.)。しかし下の分岐点からこのあたりの高台まで、軽便の小さな機関車には相当な急勾配の筈だが、果たして大丈夫だったのだろうか?

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7.五辻駅手前あたり
五辻駅跡の手前にある築堤。車線は狭いが、大型車が結構通過して行く。対向車は、交換出来る路側帯のある場所でしばし待つ。
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8.五辻駅(新線)跡付近
五辻駅跡は、現在JRバス関東のバス停となっている。この道路、以前は成田鉄道の末裔、成田バス(現千葉交通)の専用道だったらしい。
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9.新旧線分岐点
五辻駅手前の新旧線分岐点。右手に下って行くのが新線、左手に登って行くのが旧線だ。ここに立つと、スイッチバック跡の様な錯覚もおぼえる。
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10.林間の旧線跡
草薮を抜けて来た旧線跡。途中までは廃道化しているが、ここらはなかなか良い雰囲気だ。(※画面奥が成田駅方面)
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11.五辻駅(旧線)手前
村外れを行く線路跡。五辻の中心部はもう少し北側になるが、旧線はその南東部を斜めに通過していた。
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12.五辻駅(旧線)先の県道分岐
ここから右手に分岐して坂道を下る。光の加減で、何やらポッカリと口を開いた異次元空間への入口のようだ。

それからしばらくは高原状の村の中を走る線路跡(写真11.)、五辻は街並みの中で駅跡は良くわからなかった。その先で一旦県道に飲み込まれるが、大迂回ルートの頂点を過ぎたあたりで再び鄙びた良い感じの小径となって軌道跡が現れる(写真12.13.)。ここからが本日コース中のハイライト、殆ど人家の無い林間や里山の世界を小気味良くゆるいカーブを描きながら、なだらかにどこまでも下って行く区間。ペダルも踏まず、かと言ってブレーキも引かず、自転車を自然落下に任せて程よいスピードで走って行けるのが楽しい。

あまりに気持ち良いのでそのまま下りきってしまうのが勿体無くなり、途中で一旦停車し、道路端の枯草の上に腰を降ろして小休憩(写真14.)。車も人も全く来ないし、音と言えば田んぼの向こうの木々の上を掠めて行く、ザワザワという風の囁きばかりだ。しばらくボーっと休憩し、さてそろそろ... と立ち上がると、ソックスからジャージのお尻にかけて、草の実がビッシリと刺で貼り付いてしまっていた。再びノロノロ運転でしばしのダウンヒルを楽しむと、道はやがて平坦となり、田んぼの中をクランクして人里へと降り立つ(写真15.)。私の姿を発見した番犬が人家の裏庭でしきりと吠え立て、その声があたりの山へと木霊して帰って来た。

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13.塹壕状の旧線跡
切り通しと言うより、塹壕状態と表現した方がピッタリ来る。狭くて左右を崖に挟まれているので、この区間で車のすれ違いは不可能。
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14.里山を行く
やがて林を抜け、里山が開ける。まさしく日本の原風景を見せてくれる場所だ。このあたり、道は程よく曲線を繰り返し、どこまでも緩く下って行く。
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15.椎ノ木集落付近
下り着いた所は、椎ノ木の人里。この先、行く手には広大な田んぼが横たわり、しばらく廃線跡は見当たらなくなってしまう。


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