旧長野原線 1997/05 Button前へ戻る
(写真:5)
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 ・・・しばらく行くと、おぉトンネルだぁ。

 も一つトンネルを抜け、橋の下を覗いたり(悲しい性です)しながら、線路跡の道は少し開けた田園地帯の中へと出て来る。終点を間近にして、C11 もさぞ軽やかに走った事だろう。よく見ると、畑の中に境界標やキロポストがぽつんと立っていたりして、なかなかのお宝地帯だ。遠くに鯉のぼりの大群が見えてくると同時に、左手の陰から巨大なホッパー跡が出現して、終点の太子へあっけなく到着。


(写真:6)
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 太子駅跡は、地元の方々により公園として整備された様だが、それとてもすでに廃公園の雰囲気を醸し出している。ここにはホッパー跡の他、コンクリートの車止めやトイレ(何と現役です)が残っており、しばらくみんなで写真を撮ったり、犬釘を探したり(これも悲しい性 ^^;)して楽しむ。

 少し離れた民家の方へ行った誰かが「キロポストだっ!」と叫ぶ。慌てて駆け寄る冒険団。


(写真:7)
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 そこには、スクラップの山の中に屹然として 48 キロの標識が立っていたのだ。これはテキスト(I)の 63 ページの写真でホーム上に立っている物そのもので、ホームが撤去された時にここへ運ばれたのだろう。焚き付けにされるのを免れて、良くゾ今日まで生きながらえてきたものよ。(;_;)

 草むらの中には、「廃」バス停が茶色く錆びた顔でぬっとこちらを見ている。さて帰ろうかと話しをしていると、先程の民家の中から年輩の女性が出て来た。「こんにちわー、ここ駅だったんですよね。」「えぇ、そうよ。昔はこのあたりにぎやかでねぇ。あんたら、自転車で山菜取りにでも来たの?」「いや、鉄道の跡を見に来たんですよ。」... その後に彼女の口から飛び出したのが、冒頭のお言葉であった。

 この後我々は草軽探偵団へと変身して、草軽電鉄の調査へと進んで行ったのである。



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