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- 大久保、実籾、八千代台 -

新京成の踏切を渡り、再び京成津田沼の橋上駅舎へと狭い階段を登る。 ホームへ降りると「うすい」行きが特急退避で発車待ちをしていたのでそれに乗り、次の京成大久保へと向かった。 京成津田沼までは船橋から習志野市へかけての市街地を走って来た京成電車、津田沼を出ると車窓は一転して郊外区間の様相を呈して来る。 周囲はまだ宅地も多いが、畑の割り合いが目立って多くなるのだ。 到着した京成大久保、降車客多数で少々出口が込み合っているが、もちろん都心の大久保駅と違って駅前に韓流ショップが並ぶわけではない。 この駅は日大、東邦大キャンパスの門前であり、乗降する若者の多いのが特徴である。 日大は、ここの生産工学部に従兄弟の一人が通っていたので記憶にあるが、テレビでは鳥人間コンテストの常連としてもお馴染みだろう。

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京成津田沼から京成大久保へ向かう
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大久保駅前
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ゆうろーど入口
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ゆうろーど

駅は対向式ホームでその端部に上り下り別棟の小さな駅舎が建っている。 駅前から大学正門へと続く商店街は「ゆうろーど」と称し、学生相手の店や地域住民の買い物客らで人通りが多く活気がある。 駅の構造も駅前商店街の風情も、どことなく通学で昔使っていた国府台駅を思い出す。 居酒屋、喫茶、書店、布団屋、中には千葉らしく落花生専門店なんてのもあり、色々なジャンルの店が並ぶ商店街を昭和テイストを味わいながら正門前まで往復して楽しんだ。 駅へと戻る道すがら、通りに建つマンションの写真を撮っている親子連れを見かけたが、ひょっとして来春に備えての下見か何かだろうか。 昔は学生下宿、今や高層マンションという変化が時代を感じさせる。

ゆうろーどを戻り、目の前の信号を渡ればその向こうは大久保駅だが、この通りにはハミングロードという緑道が並行して走っているので忘れずに見ておこう。 これは鉄道連隊の軌道跡を緑道として整備したもので、先程の津田沼付近から分岐した軌道敷が、そのままずっと道路沿いに京成の線路と並行して続いているのだ。 緑道という割には駅付近の一部では駐輪場と化しているが、これはまあ駅前の狭さに免じて許さざるを得ない所だろう。 この軌道跡は大久保の少し先で北側へとカーブを切って京成の線路からは離れて行く。 その先緑道は途中で終わるが、かつての軌道としては延々と千葉駅のあたりまで続いていたそうだ。

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ゆうろーど
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日大正門
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ハミングロード

京成大久保から快速という名の各駅停車に乗って一駅、次の実籾も大久保と同じく相対式ホームだが、駅舎は橋上化されておりコンコースの天井も白く高く近代的な作りの駅である。 だが、地上の目の前にホームがあっても一旦階段を登り降りしないとそこへたどり着けないのは、この構造の宿命とは言え何となく理不尽な気がする。 駅の北口南口共にロータリーがあるが、南側のそれは小奇麗で最近整備された物と思われる。 その片隅のベンチに腰掛けて地図を見ると、近くに緑地公園があるのでそこまで足を伸ばしてみる事にした。 それは街道を外れて下っていった先の谷戸のような地形の中にあり、親子連れが遊ぶ公園の奥のほうには古い民家が公開されていた。 しかし入館無料の表示につられて門を入って行くと、庭の中程にロープが張ってあってそこから先へは進めないようだ。

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万国旗はためく実籾駅南口広場

仕方なく庭先に立っている解説板を読んでいたらすぐに説明員の方が「こんにちはー」と来てくれて、昨年の地震で建物の一部が破損してしまい今現在は邸内に入れない事を教えてくれた。 元々はすぐ北側を走る東金御成街道沿いにあった名主 鴇田家の屋敷で、保存展示の為にこちらへ移築されたもの等々、建物のあちこちを指で指し示しながら色々と丁寧に解説をしてくれた。 シニアな説明員さんも中を案内出来ないのが大変残念そうで、しきりに恐縮してくれるのでこちらの方が返って申し訳ない気がしてしまう。 分かってる風を装って聞いていたが、今しがた解説板で読んだばかりの即席の知識をこちらから振ってみたりもしたせいで、どうもその方面のマニア?あるいは研究家か何かと誤解された節もある。 公園への往復だけで大分歩いたが、その途中の道々にも大きな古い造りの屋敷を見かけたので、実籾の街はかなり由緒ある所なのだと思った。

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鴇田家住宅
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東金御成街道
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八千代台へ
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八千代台駅前
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住宅団地発祥の地碑
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八千代台駅前通り

実籾からさらに先へ進み次の八千代台は特急も停車する沿線では大きな駅、ここは付近の住宅団地造成と共に昭和31年に開設されたという。 駅ロータリーのバス停前には「住宅団地発祥の地」と書かれた記念碑が立っているが、ここで言う住宅団地とは戸建の住宅が集まった物の事で、いわゆる公団住宅のようなアパートの団地とは違うのだそうだ。 駅前広場から放射状に整然と広がる街路は、駅とともに造成された住宅地の特徴と言えるだろう。 駅近くに地区公民館や小学校があったり、また道路沿いの並木の育ち具合等を見ても、住宅団地としては結構年月を経ているのだなという事が実感される。

駅を背にして駅前通りを真っ直ぐに歩いてゆく。 県道との交差点を過ぎると、左にカーブする道の右手には樹木で囲われた緑の草地が広がる。 それは陸上自衛隊の習志野演習場、習志野原に延々3kmあまりも続く広大な敷地だ。 その向こう側少し先には新京成の線路が走っているのだから、どれだけ広い場所なのか想像も出来よう。 今もやっているのだろうが、私が小さい頃ここでは空挺団の訓練飛行がよく行なわれていた。 学校の窓から見ていると、遠くで輸送機のお尻からポッポッと落下傘の花が咲き、それがゆっくりと街並みの向こうへ降下して行ったものだ。 確かこの敷地の一角を借りて、ボーイスカウトの野営訓練をさせてもらった事もあったっけ。

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習志野演習場
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(協会)八千代台団地

そこから駅へと戻るのには回り道をして、住宅地の街区を散歩気分で少しだけ歩いてみた。 住宅団地として売り出された頃と比べると家々の建て替えが進み、区割りなども当時から比べるとだいぶ変わって来てしまっているという。 歩いて行くと人影の無い静かな路地の奥でしなやかな体の猫が一匹、道路を横切り、向かいの緑濃い住戸の庭へと消えていった。

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八千代台駅ホーム
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