~ 夕陽に向かって走れ ~

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渥美線

15:17に豊橋駅に到着。 階段を登り、駅ビル内の通路からエスカレーターを下って行くと、豊橋鉄道渥美線の新豊橋駅改札前に出た。 窓口でまたまた女性の職員さんに「フリー切符ありますか?」と告げる。 「はい。渥美線と市内線、どちらになさいますか?」「渥美線をお願いします。」 フリー切符は \1,100、渥美線を普通に往復すると運賃は\1,020だから、どこへも途中下車しないならフリー切符は割高だが、手元に残る記念切符代と考えれば惜しくない金額差だ。 次の電車は15:30、終点の三河田原までは所要約35分との事なので、何とか日のあるうちに往復して来れそうだ。

Photo 新豊橋駅(1800系)

改札を抜けてホームへ入って行くと、待っていたのは元東急の7200系。 こちらでは1800系を名乗っているが、特徴的なダイヤモンドカットの正面窓下と戸袋部分に親会社の名鉄スカーレットだろうか、赤い色差しがしてある。 東急時代は無塗装あるいは細い赤帯程度だったろうが、こういうのもちょっとお洒落で良い感じではある。 編成によって異なるカラーの物もあるようで、豊橋駅に到着する時にJR車内から青い色の電車も見かけた。 車内は座席がほぼ埋まる程度の乗客で、立っている人はあまりいない。 週末金曜日だが、夕方のラッシュ時間前なので結構乗っている方だろう。

発車して最初の停車駅柳生橋を過ぎると、すぐに右カーブを切って東海道本線の上を交差、続いて新幹線の高架下を潜ると小池町駅だ。 ここを発車すると割り合い長めのトンネルに入ったのでちょっと驚いたが、バイパス道路と立体交差させるためにしばらく道路下を進んだようだ。 「愛知大学前」では乗降なし。 その先しばらく両サイドを公園のような森に囲まれて電車は進む。 「高師」は大きな駅で車両基地も併設、ここで乗務員が交代した。 この駅を出ると、周囲の景観は街中から田園地帯へと一変する。 次駅の名前も「芦原」と、川近くの荒涼とした立地を想起させる駅名だ。

Photo 三河田原駅
Photo 黒川原方面の廃線跡

渥美線はワンマン化されておらず、従って車掌が乗務している。 このあたりから無人駅が続くようになるので、車内を駆け回ってなかなかに忙しい。 私は運転席後ろの座席に陣取り前方を眺めているが、傾いて来た太陽が顔を照らして眩しい。 夕陽に向かって走るこの区間、この時間は、日よけのバイザーがあるにしろきっと運転士泣かせだろう。 しばらく走るうち、彼方に稜線のやさしい山並みが見えて来た。 おそらく半島中央部の山稜なのだろうが、私は山の名を知らない。 アンテナ塔らしき影も見えるが、あそこまで登ったらさぞ見晴らしは良いだろうと思う。 そうこうしてるうちに、電車は終着の三河田原駅構内へと入って行った。

さすがに終点で結構な人数が電車から降りたが、歩いて帰る人、迎えの車に乗る人、バスやタクシーを待つ人で次々と待合室を出て行った。 このような終端駅では電車は大抵5分位で折り返して発車して行くものだが、渥美線は12~3分の待ち時間がある。 せっかくなので、ありがたく改札を出て周辺を少し散策してみた。 駅本屋は白壁の凝った造りだが、構内西側に新しい駅舎を建設して駅前ロータリーも新造する予定があるとの事だから、線路の終端部を塞ぐ形になるようだ。 ここから先、黒川原駅までの区間が正式廃止されたのは昭和29年の事だそうで、もうかれこれ60年近い歳月が流れている。 廃止区間復活の構想も何度か浮かんでは消えしたそうだが、これにより今後延伸の望みはなくなりそうだ。 駅敷地の末端に車止めがあり、そこから始まる緩くカーブした道路にはまだ廃線跡の面影がどことなく残されていた。

駅周辺は山影になるのか既に日が射さず、急速に寒さが襲って来た。 ドアを開いて待っている折り返し電車のシートに座ると、ヒーターの暖かさがジンワリと身に沁みた。 帰路は途中で西側の見通しが良い平野部へ出ると、最後の夕陽に照らされて車内は鮮やかなオレンジに染まった。 そして電車がカーブして太陽が斜め後ろから射すようになると、一瞬、全ての窓の桟が黄金色に輝き、それは何だか心が穏やかになる幸せな時間だった。 往路で乗降の無かった大学前では大勢の学生を拾って満員となり、ちょっとしたラッシュアワーの様相で電車は新豊橋へと到着した。 今日一日乗り続けでかなり疲れたが、ここはもう一踏ん張り、これからまだ市内線が待っている。

Photo 渥美線車内

市内線

豊橋の駅前は白やブルーのクリスマスイルミネーションで煌いている。 広場のデッキではミュージシャンが聴衆を集めていたりして、都会的なセンスの空気につつまれた駅前である。 西の空にはまだ残照が残っているが、異郷の地で迎えるマジックタイムは何だかソワソワと気持ちが浮き立って来るものだ。 デッキの広場から階段を降りて行くと、市内線の駅前停留所がそこにあった。 国内各地で路面電車を見て来たが、ここは駅前広場に直結している形で、大変便利に出来ている。

Photo 豊橋駅前広場

待っていた古参モ3200形のステップを上がり、前払いで一律の150円を料金箱に入れると電車はすぐに発車した。 乗車率はかなり良く、空席はない。 私は後部側運転席の前に陣取り、流れ去る軌道の光景を後ろ向きで眺めていた。 駅前の区間は複線の軌道を中央として、その両側に各3車線の道路が確保されており、電車も車もゆったりと流れている。 電車の往来により磨かれたレール踏面が、周囲のビルのネオンを写して美しく輝く。 併走する車のヘッドライトがそれにアクセントを添えながら、ゆっくりとした速度差で追い越して行く。

左にクランク状に曲折して大通りを進むと、「市役所前」やら「豊橋公園前」やらの電停名が出て来たので、おそらくこのあたりが市内の中心部になるのだろう。 既に日が暮れて暗くなってしまっているので、周囲の景色が望めないのが少々残念だ。 ふと道路標識に目をとめると、逆三角お握りに国道1号と書いてあるのを発見した。 天下の東海道を路面電車が大手を振って通っているのはここぐらいだろうか、何だか愉快な気分がする。

その東海道に東八町で別れを告げると、途端に道は狭くなる。 電車が停車した狭いホームの裏をすり抜けて行く自動車も、ここでは若干窮屈そうに見える。 競輪場前停留所では住宅の路地裏へと電留線を分け、そこから先は軌道も単線になって進む。 井原で運動公園前方向への支線が直角に分岐すると、程なく終点の赤岩口に到着。 車窓から右手暗闇の中にチラリと車庫の灯りが見えた。

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さて、ここから乗って来た電車で折り返すのも何だか勿体無い。 それで、先ほど分かれた運動公園前の終点まで少し歩いて移動してみる事にし、適当に裏道を選んで住宅地の中のひっそりとした通りを進んだ。 中心街を外れて街灯も無い暗い道が多いが、季節がらクリスマスのイルミネーションを控えめに光らせている住宅もあったりして、何だか心がほっこりとして来る。 行く手の夜空の下に黒い森の影が見えて来たのは、あれが運動公園あたりだろうか。 少し歩くとその公園に突き当たり、フェンスに沿って正門の方向を目安に歩を進める。 距離的には急げば10分程度で移動出来るかな… そう考えながら私は早足で歩いていた。

Photo 運動公園前(モ780形)

と、先ほどから少し前の歩道を行く若い女性が、どうも後ろの私を気にしているようだ。 こんな暗闇では怪しまれるのも仕方がないが、彼女と偶然目指す方向が同じなのか、路地を曲がるたびに私が付いて行く形になるのでますます怪しさが倍増している。 最後に電車通りに出た所で、女性は左右から車の来ないのを確認して小走りに線路の上へ。 その先を見ると停留所のホームが見えたので、直接そこへ近道した様子だ。

何だ、怪しまれていたんじゃなくて、電車の時間が迫って急いでいただけかも知れないな。 私も後からゆっくりと同じコースをとり、ショートカットしてホーム上へと到着した。 電停には既に家族連れの客も含め、何組かが雑談をしつつ電車を待っていた。 その明るい照明のもと、掲示されている時刻表を確認する素振りで女性の前を通り過ぎたが、特に反応はなかったので安心した。 と同時に、彼女が若い女性でなく、品の良い老婦人である事をも認識した。

定刻より少し遅れてやって来た折り返し電車は、元岐阜市内線を走っていた形式のようだ。 あちらはついに訪問するチャンスの来る前に廃止されてしまったが、こうやってここで乗車する機会に恵まれただけでも幸せというものだろう。 そんな思いを抱きつつ、席に座れたので少しウトウトしながら復路を乗り通して再び豊橋駅前に降り立った。 停まった電車の目の前至近距離には、何やら装飾を施された車両が待機している。 ちょうど市内線名物の「おでんしゃ」が発車を待っているところで、車内に吊り下げられた赤ちょうちんの灯りに照らされ、乗客の顔も既に赤らんでいるように思えた。

Photo 冬の風物詩「おでんしゃ」(3100形)