~ 福井:福井鉄道 ~

万葉線から大急ぎの乗り換えで高岡発金沢行きの北陸本線普通電車に乗車。 さらに金沢で乗り継いで今宵の宿、福井へと向かう。 夏の日の午後、いつもの感覚で日陰を求めて西へ進む電車の進行右側席に座ったがこれは失敗。 ここらあたりは西と言うより南西に向かって進んで行くため、右側の窓から容赦なく直射日光が入って来るのだった。 日除けで何とか我慢しつつようやく着いた福井駅を一旦素通りし、下車したのはその先の武生駅だ。 わざわざここまでやって来たのは言わずもがな、今回の旅の最後を締めくくるべく福井鉄道に乗る為である。 JR武生駅を出て福井鉄道の駅へと向かうが、発車まで10分程しかみてなかったのに結構離れていて若干あせり出す。 JR駅からは線路沿いに北へショッピングセンターとパーキングの建物が続き、その裏手にようやく少々うら寂しい風情の武生新駅が見えてホッとした。

既に夕刻で17時を過ぎているが、私は窓口で「一日フリー乗車券を」と告げる。 「はい。ありがとうございます!」ハキハキとした受け答えで駅員さんが出してくれた切符は500円。 ここから福武線に乗ってえちぜん鉄道に接続する田原町を訪問し、折り返して福井駅前まで戻ると合計で570円なので、それだけでも一日乗車券の方がお得になる勘定だ。 私につられたのか、券売機の前で何やら思案中だった家族連れも窓口で同じ切符を所望していた。 ホームには、広告塗装で真っ赤に塗られた元名鉄の連接車880形が静かに発車を待っている。 同型車は移籍に際し白を基調とした塗装に変更されたが、奇しくもこの888+889号車はスポンサーのシンボルカラーに変えられ、名鉄時代を彷彿とさせるイメージを醸し出している。 まだ改札口の方は閉じたままでそのまま出発して行ってしまうんじゃないかとちょっと心配になったが、発車数分前になってようやく駅員が出て来て、待っていた人々と一緒に背の低いホームへと進む。

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武生新駅

福井鉄道の駅名は少々特徴的だ。普通、JRと駅名が重なるのを避ける場合、頭に電鉄名や「新」を付けたりするものだが、ここの場合は独特で「新」が末尾に来ている。 ここ「武生新」と、福井には「福井新」という駅がある。 こういうのは福鉄以外ではあまり例がないのではないかと思う。 そんな事を考えているうちに電車は武生新を発車し、色々な電車の置かれている側線の脇をゆっくりと通過。 加速が始まると大きく左にクランクして北陸本線から離れ、すぐ「西武生」に着いた。 考え事をしていて案内放送を良く聞いていなかったので、駅名板が窓の外に見えたのを一瞬「せいぶ・なま?」と読んでしまい、我ながら間抜けで可笑しくなった。 「新」のパターンで行くと東西南北もお尻に来そうなものだが、こちらに関しては普通に頭に付いているのである。

西武生には車両の修理工場があり、ここにも色々な電車や機関車が並んでいた。 福鉄は北陸本線とほぼ平行にその西側を走り、武生と福井の市街地を結んでいる。 昔は福井のインターバンとして位置づけられていたようだが、果たして現在その責を果たしているのかどうかは定かでない。 家久駅を過ぎると今度は東に向きを変えて日野川を渡る。 ここは福鉄撮影の名所で、鉄橋上を行く小さな電車の写真は時々目にする機会がある。 「上鯖江」「西鯖江」と鯖江の市街を走り抜け、その後しばらくは田園地帯の中を行く。 電車は路面タイプながら乗り心地は充分鉄道のそれであって快適、後ろから見ていると運転士の指差喚呼の動作もキビキビとして安心感がある。 各駅前後のポイントには雪国らしくトンネル状のスノーシェルターが被せてあり、遠くから見るとその逆Uの字とホーム屋根支柱のY型とが重なって、とても面白いフォルムを示している。

そんな途中の小駅での事である。 よくある光景だが、発車間際に改札に駆け込んで来た客を、委託駅長だろうかジャケットを羽織った女性が介添えし、構内踏切の所でこちらの電車に向かって乗せてあげてと合図をしている。 とっさに運転士は両手で大きく×のサイン、「なんだ、薄情だな…」と思ったがそうではなかった。 ちょうど逆方向からの電車が入線して来る所で、今踏切を渡ってはダメだと言っていたのだ。 電車が通過した後、ちゃんとその客はこの電車に乗る事が出来た。 しかし少々腑に落ちなかったのは、その若い女性客が小走りすらしないで、何事も無かったかのように悠然と黙ったまま乗り込んで来た事だ。 駅員や運転士に一言ぐらい挨拶でも会釈でもがあって良かろうものだが、そういう素振りも見えなかった。 きっと周囲の視線が恥ずかしかったのかな?そう、良いほうに解釈したい気もするのだが、はて…。

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スノーシェッドと島式ホーム(車内より)

さて電車は鯖江と福井の市境を超え、徐々に乗客を増やしながら郊外から市街地へと近づいて行く。 その先の花堂(はなんどう)は福鉄がノーマルに「花堂」駅と命名しているのに対し、JRの方が「越前花堂」と頭に越前を付けているところが面白い。 普通は立場が逆なのだが、ここは旧国鉄の方が後から駅が出来たようだ。 花堂からは複線になって、いよいよ線路周りも建物が密集して来る。 次の福井新も前述したがまた武生新と同じパターンの駅名。 これは京福電鉄(現えちぜん鉄道)に新福井という駅が既に存在したため、やむなく「新」を後ろに持って来たものとされている。 同様に新武生という駅も、かつて存在した武岡軽便鉄道(後に福井鉄道南越線となり、その後廃止)にあったそうだ。 あえて「福鉄」を頭に冠さない福井鉄道のこの「新」へのこだわり方… 好きだ。

福井新を発車するといよいよ鉄軌分界点と呼ばれる地点に差し掛かる。 法律上ここまでが鉄道、ここからが軌道となる境界点なのである。 停止信号で一旦停車した後、信号が変わると目の前の交差点へと進入し、路面電車となって道路中央を走り出す。 周囲は既に繁華街の様相を呈していて、車の通りも多くなって来ている。 足羽川を渡ると大きな交差点を過ぎ、市役所前電停に到着。 交差点の右手奥がすぐ JR福井駅で、ここから駅前へと短い支線が分岐している一番繁華な場所だ。 大多数の乗客が降りてしまうと、交代に職員が2名乗り込んで来て車内の検札を始めた。 終点も近いので、それまでに乗客全員の精算を済ませてしまおうという事らしい。

裁判所前を過ぎ、しばらく走ると左へと直角にカーブして終点の田原町へ到着。 歴史を感じさせるホームの上屋を挟んで反対側にはすぐえちぜん鉄道の線路があるので、乗り換えは至って便利そうだ。 時刻は18時を過ぎ、段々と暗くなって来た。 再生なったえちぜん鉄道への乗車は次回にとって置く事にし、しばらく駅前の風情を味わってから折り返す。 ところが、次の電車は福井駅前行きの筈だったのだがここでちょっとしたアクシデント。 発車してすぐのアナウンス、「本日は夏祭りにつき、この電車は福井駅前には行きません。」ときた。 聞いてないよー、と言ってもそれは文字通り後の祭り。 ネットの時刻表でちゃんと日を指定して調べて来たのだが、さすがにこの臨時ダイヤまでは反映されていなかったようだ。

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市役所前電停

仕方なく枝線の分かれる市役所前で下車し、通りの向こうから響いて来るお祭りの喧騒を遠くに聞きながらトボトボと駅前まで歩いて行った。 前にチラっとしか見た事のない、福井駅前の道路に大きな電車が乗り入れる図をぜひとも瞼に焼き付けておきたかったのだが、また次の機会に訪れるまで残っていてくれるだろうか。 その夜の宿で見た地元テレビ局の番組には浴衣姿で踊っている楽しそうな人々の姿が映り、テロップには「福井駅前電車通り」との恨めしい文字が並んでいた。 翌朝はこの旅に出てから初の雨、暗い空に向かって立つだいぶ出来上がった北陸新幹線福井駅の高架を見上げながら、普通電車に乗り込み福井の地を後にした。 実質17時間程で慌しく乗りまわった北陸地方のローカル私鉄、完乗出来たのもまだ乗れていないのも、次に来るまで元気でいてくれよと願いつつ家路に就いたのだった。

~ おわり ~