~ 富山:富山地方鉄道 ~

不二越・上滝線

帰り道は途中の岩峅寺で乗り換えをしたが、下車したのは私と制服を着た女学生が一人だけ。 発車して行く電車を見送りながら一緒にホームを降り、乗り換えの為に不二越・上滝線ホームへ歩いて行く。 振り返ると後ろにいたはずの彼女はおらず、構内踏切の向こうの改札口から外へと消えて行く所だった。 接続列車まで30分近くあるので、しばらく鄙びた構内の風情などを写真に撮ったりして過ごす。 その儀式も一通り終わってしまい、無人ホームに乗る小さな木造待合室で一人ボーっとしていると、南富山方面から折り返しの電車、グリーンとオレンジに塗り替えられた元京阪のテレビカーが静かにやって来た。 電車が接近すると普通、踏切の警報音などが聞こえるものだが、ここは警報機もないような簡易な(いわゆる第4種)踏切が多いのだろう。 乗り込んでみるとさすが往年の特急車だけあって、何となく車内の造りが格調高い。 残念ながら、テレビが設置されていた幕板部にあるのは、ワンマン化に伴い料金表示等のため設置されたカラー液晶モニターだ。

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岩峅寺駅
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同4枚合成
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先頭車に私だけを乗せて上滝線の電車が出発。 発車してすぐに長い鉄橋で常願寺川を渡る際、脇の道路橋には赤い和式の欄干が見えていた。 地鉄は常願寺川とは縁が切れないようで、本線、立山線、上滝線共に鉄橋でこの流れを越えている。 渡るとすぐに崖下の大川寺駅、かつて電鉄の経営する大川寺遊園があったそうだが、今は無人で寂しい駅だ。 「だいせんじ」と読むのは難読という程ではないが、隣の岩峅寺駅と共によそ者にはなかなか難しく、さらにこの先には開発(かいほつ)駅というのもあった。 不二越・上滝線は路線格の関係からのんびり行くものと予測していたが、なかなかどうして結構なスピードで走り、脇の県道を行く車をどんどん追い抜いて行くのが頼もしい。 昨夕、市電で訪問した南富山の構内にかかると窓の外に単車デ3533の姿が。 この後引退が予定され撮影会が開催される事など、この時は知る由もなかった。 南富山を過ぎると市街地の東端を行く。 この部分が不二越線で、その南、南富山から岩峅寺の間が上滝線である。 運用上は一路線なのに、途中で線名が変わっているというのは開通時の歴史によるものだろうか? 調べてみるとやはり上滝線区間が富山県営鉄道、不二越線の方は富山鉄道によって開通されたという事だ。 稲荷町駅で本線に合流し、グルっと一周して電鉄富山駅へ戻って来た。

本線

しかしこれで終わりではなく、10分後に今度は本線の列車で宇奈月温泉へと向かう。 とりあえずトイレ、次に券売機だが、押さなくてはいけない釦が最高金額なのがちょっと痛い。 ほんとうは一日乗車券的なものがあると嬉しいんだが、残念ながら鉄道線全線をカバーするようなものは無いのだ。 さてホームへと入って行くと、待っていたのは先ほど乗って来た元京阪の電車。 富山地鉄は朝夕のラッシュ時を除き基本2両編成のワンマン運転なので、どの編成もあちこちの線へ柔軟に運用されるようだ。 乗り込むと転換シートが進行方向に対して反対のままだが、多くの人は直す事もなくそのまま後ろ向きに座っている。 これにはわけがあるので、私もそれに従った。

走り出すのは既に乗った区間だが今朝ほどと違い普通列車、小まめに全駅に停車しながら進んで行く。 越中荏原、越中三郷、越中舟橋と、本線には頭に「越中」を冠した駅名が続く。 再び分岐駅の寺田に到着。 今度は立山線でなく本線のホームに進入、ここから先が未乗区間だ。 もう一駅、越中の付く越中泉駅を経て、間もなく田んぼの中を左手からカーブした線路が近づいて来ると上市駅構内に入る。 ここで電車がスイッチバックする為、富山駅を出る時には後ろ向きで座っていたのだ。 もちろん上市に着いてから座席を転換させても良いのだが、誰もそんな面倒な事をやっている人はいない。 ただ一人、一番大変なのは運転士さんで、荷物をまとめて逆側の部屋へ移動、見ていると色々な機器のチェックに忙しそうだ。 平地のど真ん中でスイッチバックになっている理由は、大抵の場合地形でなくその生い立ちがらみ。 ここも富山地鉄に統合される前に複数の私鉄が交錯していたからで、立山鉄道、富山電気鉄道の2社がからんでいた。 詳細の説明は複雑になるので省くが、「I love Switch Back」のページ等が参考になる。

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上市駅合流点

発車すると田んぼの彼方から電車を狙っているカメラマンが数名。 暑い中ご苦労さまと心の中で唱えるが、良き背景となる立山連峰は望めないこの日であった。 北陸本線と平行する区間に出て滑川。JRに比べると駅の規模は遥かに小さく、侘しさが漂っている。 競争する列車も無いまましばらく走り、北陸本線の線路と一緒に早月川を渡る。 河口に近いためか、河川敷が非常に広く長い鉄橋となっている。 富山地鉄は各所で大きな川に架橋が必要なルートをとっており、橋梁関係の投資や設備維持には相当な負担がかかっているのではないかと思う。 川を渡るとJR線の築堤下を斜めに潜り、海側に出る。 少し進むといきなり高架になったので驚いたが、お隣の北陸本線も高架なのでこれにお付き合いしたのだろうか。 その高架の途中に電鉄魚津駅があるが、JRの方は駅が無く、次の新魚津がJR魚津との乗換駅となっている。

そこからJRの方は内陸方向へとカーブして離れて行き、電鉄の線路は直進する。 線形的にはJRと私鉄が逆になったようで、ちょっと面白い場所だ。 その先で電鉄はほぼ90度向きを変え、北陸本線の上をオーバークロスして宇奈月方面へと向かう。 JRを越えて最初の駅が電鉄黒部だが、駅前には何やら「く」と一文字だけボディ側面に書かれたバスが待機していたので不思議に思った。 帰って来てから調べたら地鉄バスは営業所名の頭一文字を書く慣わしで、「く」は黒部営業所なのだそうだ。 この駅の交換待ちで山を下って来たのは特急アルペン号、元レッドアローが元気に活躍している姿を拝む事が出来た。 長屋~舌山間では北陸道と並んで北陸新幹線の高架橋が着々と作られている。 次の若栗駅には隣接して製材所があり、(私の妄想でなければ)何やらトロッコのレールらしきものが地面に半分埋まりつつ鈍い光を放っていた。

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電鉄黒部駅

下立駅の先からいよいよ渓谷へと割って入り、車窓に緑が濃くなって来る。 脇を流れる黒部川に注ぎ込む支流をいくつかソロソロと鉄橋で渡り、最後にトンネルを抜けると温泉街が開けて終点宇奈月温泉駅。 これで富山地鉄の鉄道線を完乗した。 多くの観光客がトロッコ列車へと乗換に忙しいが、またまた私はここで折り返し。 帰りの電車までは少し時間があるので、駅前に出たりホームからトロッコ機関車の入替作業などを見学していた。 折り返しの電車もこれまた同じ編成で、今朝ほどの岩峅寺駅からずっと運用を共にしてもう3行路め。 復路ではさすがに車窓にももう飽きてきて、早起きのせいもありウトウトしつつ新魚津まで。

ここで電鉄とはお別れし、ホームの端からそのまま地下道に直結している改札口を出て、JR魚津駅へと向かう。 JRの駅は、地鉄の新魚津駅とは広大なヤードを挟んで反対側に位置しているのだ。 以前は魚津から海方向へ向かう日本カーバイト工場の引込線があり、このヤードを経て貨物の受け渡し等行なわれていたようだ。 ここからJRでワープすれば何とか12時前に富山駅に着ける算段で地鉄を乗り捨てたが、やはりこういう数分を争う時は、駅の多さと上市でのスイッチバックロスが効いて来る。 暑さでムっとするホームで待つ事しばし、やって来たのは北陸本線名物の必殺食パン電車だった。