~ アプローチ ~

発車間際に隣りのホームへ滑り込んで来た特急電車からの乗り継ぎ客を拾い、新車のようにピカピカな国鉄色のディーゼルカーは古色蒼然たる重いエンジン音を響かせながらゆっくりと走り出す。 単行の車内は満杯の状態で冷房もあまり効かず、何だか若者たちで喧騒を極めた一昔前の夏の北海道のようだ。 小規模な社員旅行らしいグループ、幹事役と思われる一人は、特急からのこの落差にメンバーに対してしきりに恐縮していた。 先着した普通列車から乗換えた私ですら座れなかったのだから、後から着いた特急客の殆どは、私と同様に入口脇のスペースでぎゅう詰めになっているしかない。 しかもこの車両にはトイレが無いのだ。 乗っているのは小一時間程度ではあるが、これは最悪の場合どこかで乗り捨てるしかないか…なんて、少々不安を抱きつつ整理券の箱にしがみついていた。

そんな心配をよそに、満員の気動車はフォッサマグナの西端近い谷を律儀に辿りながら、北へと向って進んで行った。 夏の濃い色をした緑の山々の風景が車窓を彩ってくれるのが唯一の救いだ。 そして幸い何事もなく南小谷から日本海側の糸魚川へ着いて、国鉄塗装のキハ52から開放されたのはお昼ちょっと前。 ここからは北陸本線で海側に席を取り、一路富山へと向う。 今回のお目当てはこの一帯に散らばる多くの地方ローカル私鉄で、私はまだそのどれにも乗った経験がない。 北陸は学生の頃に合宿で一度訪れた経験はあるのだが、その時は、今はなきワイド周遊券でもっぱら国鉄線を乗り潰すのに血眼になっていたという次第である。

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糸魚川駅

乗り込んだ電車はクリームに水色細帯の475系、元々は急行用車両だが、さすがに今となっては普通列車のスジに甘んじている。 そういえば以前来た時に乗った急行「立山」とか「くずりゅう」は、当時の交直流電車の標準色、ローズピンクにクリームの塗り分けだったなぁ… などと感慨に浸っていても、お昼を過ぎれば自然とお腹はすいて来る。 車内は閑散としていてボックス席を独り占め状態なので、これ幸いとリュックの中をゴソゴソ。 南小谷駅で列車待ちの時間が30分程あったので、駅前のお土産屋さんでお握りを一つ仕入れておいたのだ。

そこは老人が一人手持ち無沙汰で店番をしているような、ちょっと薄暗い感じのお店。 客は誰もおらず、埃を被った商品棚にお握りが数個、無造作にころがっていた。 安全策として梅干しの入ったのを一つ買って来たのだが、食べようとして見ると封には、本日朝の製造日時がきちんと刻印されていた。 店主を疑ったりして少しく後ろめたい気分であるが、とりあえずお腹は満ちたので由としよう。 電車は並走する道路の海側になったり山側になったりしつつ、親不知の崖っぷちを俊足で駆け抜けて行く。 波穏やかな海は夏の日差しの下、少し霞みながらもその青い広がりを見せていた。