| 第一部 | 上田〜別所温泉 |
「あ、お客さん、別所温泉までですよね?」大きな輪行バッグを抱えて上田交通・上田駅の改札を入った所で、駅員さんに呼び止められた。次の電車は途中駅の「下之郷」止まりなので、一本待つ様にと親切にも案内してくれたのだ。ありがたい事だが、私はとりあえず「下之郷」まで行く事にした。この駅には色々と見るべきものがあるからだ。
![]() 上田交通上田駅 |
■別所線上田駅のホームには既に、「上田・下之郷」の区間表示を掲げた電車が静かに発車を待っていた。地方の小私鉄とは言え、立派な高架ホームに元東急のステンレスカーがたたずんでいる様はなかなかに頼もしい。東急のどこかの支線の、終着駅にいる様な錯覚すらおぼえる。
だが乗り込んでみると、夏休み中にもかかわらず車内の乗客はまばら。それも私の乗った2両めには誰もおらず、みんな先頭車の運転席すぐ後ろのあたりに陣取っている。車内の案内を見上げてその理由がわかった。この電車はワンマンカーなのだ。途中の無人駅では運転士が集札業務を行なうため、先頭部のドアしか開かない。今や鞄をかけた車掌が車内をまわり、地元の乗客と笑顔で会話を交わすという光景も、なかなか見られなくなってしまった。
時間が来て静かにホームを離れる。そろそろと高架上を進むとすぐに地上へ降り、窓から手の届きそうな小さなトラス橋をくぐって最初の駅へ。電車は近代的だが、腰掛けを通して伝わってくる線路の規格は、紛れもなく地方小私鉄のそれだった。
いくつかの駅に停車するが、これが乗降客がいない時はタッチ&ゴーの繰り返し。さすがにバスの様に通過こそしないが、停車と共に発車する... そんな感じだ。かつて青木線の分岐していた「上田原」を過ぎると、電車は住宅地から田畑の多くなってきた風景の中を南へと進路を変えてゆっくりと進んでゆく。
![]() 下之郷 西丸子線ホーム跡 |
■「大学前」を発車すると次はもうこの電車の終着駅、「下之郷」へと到着。この駅には一応駅員がいるらしく、全てのドアが開く。私は後部のドアからそのまま自転車を降ろし、ホームに立った。
小さな島式ホームには待合室が設けられており、その一画が駅舎にもなっている。乗客を降ろした後電車がどうなるのか見ていたが、駅舎から旗を持った駅員が出て来てホームの上田側から線路に降り、電車を誘導して一旦本線上を引き上げる。そこから再び構内へ進入し、ホーム脇にある車庫へと押し込んだ。
車庫で隣に最初から寝ていたもう一本の 7250系と並べてチェーンで施錠した後、裏に止めてあった車で運転士はどこかへ走り去ってしまった。さてその儀式を見届けた後、私は別所方にある遺構を見にいった。ここから二ツ木峠を越えて隣りの丸子町へと S38年まで西丸子線が走っていたが、そのホーム跡がまだここには現存するのだ。
今では倉庫となっているが、当時の上屋とそれを支える石積みのホームが、朝日を浴びてそこにあった。ホームの上には最近立てられたものか、「西丸子線ホーム跡」という案内板がその来歴を物語っている。
やがて半鐘のような警報機の音が田んぼの彼方から聞こえてき、別所方面からの電車が、小さな体を傾げながらカーブを抜けてホームへ進入。その後しばらくして別所温泉行も逆ホームに到着し、人けのなかったホームはひとしきり賑やかになる。私も再び自転車を担ぎ、車中の人となった。
![]() 別所温泉駅 |
![]() 駅までの急勾配 |
![]() 丸窓電車 |
■下之郷を発車すると別所線はまた西へと進路を変え、一路別所温泉目指して登って行く。ここから先はほんとうに登るという感覚がピッタリで、旧型車だったらさぞかし吊掛モーターの音を高らかに響かせた事だろう。途中、すぐ目の前の踏切りをトラックが横切って急ブレーキというアクシデントもあったが、電車は名物丸窓電車の脇を通過し、何事もなかったかの様に別所温泉駅の古びたホームに身を滑り込ませた。
ホームへ降り改札へ向かうと、女性の職員が笑顔で「ありがとうございます」とお出迎え。どうも委託駅長の様だ。駅前で自転車を組み立てつつ見ていると、折り返す電車に、待合室に乗車客がいないのを確認してから発車合図を送るしぐさなど、なかなか堂に入っていた。
ひとしきり駅付近の風情をカメラに納めたら、今来た線路に沿って下って行く事にする。裏手へまわると丸窓電車 5250形のすぐ脇に出る。惜しまれつつ1986年に引退したこの電車も、風雨にさらされだいぶ傷みが激しい様だ。線路も切り離され、そういえば駅での乗降も 1番線のみに簡略化されてしまった様で、この終着駅には分岐器が一本もない。
![]() 田んぼの中の八木沢 |
![]() 塩田平と女神岳 |
■ゆるいまっすぐな坂道を、ペダルに足をかけて下り出す。少し行くと左手に寄り添っていた線路がカーブして道路と交差する。その踏切りを渡った先で表通りを外れ、今度は線路を右にみつつ側道を行く。
小川を渡る小さなガーダーの先は、もう次の駅。見渡す限りの一面の田んぼの中にポツンとある「八木沢」。これはもう駅というより停留所という表現がピッタリだ。
少し道草をして、田んぼの間を南北に走る農道へハンドルを向けてみた。青々と茂る稲が、女神岳の方から吹いて来る微風にそよいでいる。日はだいぶ高くなって来て気温も上がっているが、爽快な風景が多少暑さをやわらげてくれる様な気がする。
![]() 中塩田の駅舎 |
![]() ここにも丸窓 |
■線路の右へ行ったり左へ行ったりしながら下って行く。いくつか小さな駅を過ぎるとちょっとした街中となり「中塩田」に着いた。ここの駅舎はほぼ別所温泉駅と同じ作りをしている様だが、手入れが行き届かないのか、あちらに比べてだいぶ傷みは激しい。
構内の片隅には、ここにも丸窓電車が 1両保存されているが、こちらも別所温泉のそれと比べて腐蝕が進んでいるように見えた。しかし水平に引かれている留置線と下って行く本線が、その先端部で結構な段差を生じているのはここも又同じ状況であり、別所線全体が斜面に引かれている事を如実に表わしている。
![]() おぉ!これは |
■さらに下って出来たてほやほやの市営住宅のすぐ脇を通過し、住宅地から再び田園の世界へと飛び出す。走って行くと電車の線路が大きくカーブしている所へ突き当たり、そこが「下之郷」の駅裏手だった。
遠くに、来る時の電車が収納された車庫が見えるが、その後ろに何やら銀色に光る物体が... 近くに行ってみるとこれが何と、引退した元東急5200の車体だった。1両は線路から降ろされている様だが、倉庫がわりにでも使われているのだろうか。我が国最初の(セミ)ステンレスカーとあらば、きっといつまでも錆びないで丈夫な倉庫だろう。
さてとりあえず下之郷まで戻ってきたわけだが、ここからは旧上田丸子電鉄の西丸子線跡を辿ってみよう。塩田平から丸子町へはちょっとした峠越えとなり、夏の炎天下の事とてあまり気乗りがしない。でもまぁ電車が越えた様な坂道なら、それ程手強くもないだろうと心をなだめすかし、探索を始める事にした。(つづく)