車を見送って、さて私も腰を上げよう。 いこいの里からジグザグの急坂を転げ落ちるように下り、沢を渡って次の峠道へと取りつく。 その名は林道楠線、本日5度目の登坂もジワジワとなかなかにきつい。 振り返る毎に森の向こうで弓立山がせり上がって来る。 ちくしょう、あの頂きへ行けなかったのは何とも悔しいな。 それにしても息が切れる、ここんとこ平地ばかりだったから無理もないか。 ふと思いついてジグザグ走行を開始したら、かなり楽になった。 そうだそうだ、昔は良くこういう走り方をしたもんだった。

photoいこいの里大附から下り切った所
photo坂の途中で振り返ると弓立山が見えた

だがこの坂道は短く、すぐに午後の木漏れ日落ちる峠に着いた。 自転車を立て掛けて息を整える。 遠くで鳥のさえずりが聞こえる以外、物音は何もしない。 しんとした森の中を覗くと、木々のすき間からすぐ下手に民家の屋根らしきものが光っている。 しばらく休憩の後、よっこらしょっと再びサドルに跨り、そちらへ向けて坂道を下り出す。 段々とスピードが上がって来るが、Sカーブを曲がるとすぐに森が切れて明るい人里に降り立ってしまった。 里と言っても、さきほど屋根の見えた人家が数軒、森を背にして散在している位だ。

ふと見ると、道路脇に「上谷の大クス」という案内板を発見。 そう言えば向こうの民家の裏手にひときわ大きな樹が聳えている。 林道「楠線」という名称はこれを冠したものだったのか。 せっかくだからちょっと寄って行こうと、その立て札に自転車を繋いで歩き出す。 大クスの樹へは、今は使われていないらしい古い土蔵の脇から入る。 「スズメバチ注意」の貼り紙に若干ビビりつつ、草薮の道を少し登れば到着だ。

photo登り着いた最後の峠
photo民家の背後に大樹が見えている

目の前に大クスが、おぉこれは凄い。 見上げると大きな枝が四方八方へと伸びている。 太い幹の根本近くにはウッドデッキが設けてあり、そこから見学する形だ。 説明板によればこのクスノキは埼玉県内第一位の大木、全国でも巨木ランキング16位に入っているそうだ。 幹回り15メートル高さ30メートルで、樹齢1000年以上と推定されるそうでさすがにドッシリとしている。

他に見学者もおらず、一人でこの大クスを見上げていると何か畏れというか、畏敬の念のようなものが感じられる。 だが大樹を背にデッキの手摺にもたれかかると、その懐にいだかれているような安心感もあって不思議な気持ちだ。 目の前には枝越しに遠くの山並みが見える。 千年以上生きているこの大クスも、ずっとこの風景を見つめ続けて来たのだろう。

photo上谷(かみやつ)の大クス
photoどっしりとした幹
photo大樹を背にした風景

そこからは森の中の細い車道をひたすら下る。 上谷の集落で里に降り着いたかと思ったが、まだまだ下界は遠いのだった。 ペダルをとめ、重力に身を任せながら右へ左へとカーブを切って行く楽しさ。 他の道と合流するたびに、徐々に空気が暖かく道幅は広くなる。 ようやく平地に降り立ったと思ったら、そこは見覚えのある越生の梅林地区だった。

だいぶくたびれたので越生から輪行してしまおうと八高線の時間を調べてみる。 5分後に発車のは間に合わないとして、次の列車だとまだ1時間以上待つのかー。 どうしようか迷いながら走っていると、目の前におあつらえ向きの日当たり良いベンチが現れたので、すかさず珈琲タイムということにする。 まだ3時前だが、初秋の午後の日はもう多少傾いて来た。 ファイヤーガードとメタで静かにお湯を沸かしつつ、今日一日の穏やかな走りを頭の中で反芻するのは、なかなかに楽しい時間だ。(End)

photo越生駅近く、影が長くなってきた
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