途中の交換駅「家城」で、15分近くも停黒した後、単行のディーゼルカーはかつての不通区間へとノ口ノ口進みだした。 最初のうち沿線は、台風ごときで不通になるとは思えない穏やかな里山風景だったが、段々と谷は狭まり、やがて険しい渓谷の景色が続くようになる。 随所に山崩れの跡も見られ、ここが6年間も運行を体止していたのも無理はなさそうな地形だ。 いくつか短い墜道を抜け、川の流れに沿って急カーフを繰り返したのち、列車は小休止するように小広い盆地に出る。 そこが終点の「伊勢奥津」、線路はここであっけなく終わっていた。名松線は名張と松阪の間を結ぶ路線として計画されたが、ライバルの大軌 (現近鉄) に先を越され、ここまでで建設が中止となつた。

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